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【 小江戸鉄道の所属車両 −− 旧国鉄車両の気動車 PartT 】

  1. 旧国鉄車両とは

  2. 小江戸鉄道での旧国鉄車両とは、戦前の国鉄車両を指しています。「戦前の国鉄車両」の茶系やダブルルーフの車両が、非常におもむきがあって、小江戸にあっていると思っています。

  3. 電気・ディーゼル機関車

  4. EF11-1 カトーカプラー変更済:マイクロエース A2303
    EF11は、中央線・上越線などの山岳線用の勾配区間で使用するためにEF10形式を元にし、 鉄道省において初めて電力回生ブレーキを採用した勾配用電気機関車です。1934年に3両、1936年に1両の計4両が製造されました。
    1〜3号機は角型ボディであったが、4号機に関しては外見はEF10形に近似した丸型ボディであった。外観的には溶接構造を使用していますので、 EF10とはかなり異なった印象です。ヒサシ付き溶接車体は本機のみです。

    1号機は、1935年3月30日製造、甲府機関区に配属された後、1974年12月に廃車となりました。

    鉄道模型
    EF14-1 カトーカプラー変更済:マイクロエース A2001
    EF14は、1930年に国産初の大型電機として誕生したEF52−8・9号機として誕生した機関車です。
    このEF52−8・9号機は、他のEF52とは、歯車比や外観が異なっていたために、 翌年には、EF54−1・2号機と型式変更されました。 EF54は、国府津機関区に配置され東海道本線の旅客列車牽引に活躍しましたが、太平洋戦争の1944年に貨物用機関車の増強の一環として歯車費を落として、 貨物用専用機として形式がEF14になりました。
    改造当初は中央本線の貨物列車牽引に従事していましたが、1960年に吹田第二機関区に転じ、大阪駅の入換に使用されました。1974年に廃車となりました。

    鉄道模型
    EF52-7 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1001
    EF52は1928年に鉄道省と各メーカーが共同設計により誕生した国産初の本格的電気機関車です。
    アメリカ・ウェスティングハウス社製のEF51形式、ED53形式を参考に、旅客用のEF52形式が製造された。 製造は、日立製作所、芝浦電気・汽車製造、三菱電機、川崎造船所・川崎車両が行いました。
    全長約21mという超大型機関車でした。EF52形は1931年(昭和6年)までに9両が製造されましたが、最後に落成した2両(8,9)は、 高速性能の向上を狙って歯車比が小さく(3.45→2.63)されており、1932年(昭和7年)にEF54形に改称されました。さらに戦時中に貨物機に改造され、 EF14となりました。

    1975年8月24日のサヨナラ運転で急行「きのくに53号」他を牽引した7号機が、製造された川崎重工業兵庫工場(製造時は川崎車輌/川崎造船所)に保管されていますが、 同機は工場敷地内のため、一般には原則非公開です。
    鉄道模型
    EF53-10 カトーカプラー変更済:マイクロエース A3201
    1928年に国鉄と民間メーカーの共同設計によって初の国産大型機EF52形式直流電気機関車が完成しました。
    EF53は、この機関車を基礎にして各部を実用に合わせて改良し、その決定版として丹那トンネル開通の沼津電化にそなえて 旅客用として誕生しました。外観はアメリカ輸入機の影響を受けたデッキ付きの箱型車体で、2軸の先台車と3軸の動輪を収めた大きな台車枠を2対備えています。 動輪は合計で6軸となり、これが形式名の「F」(アルファベットの6番目)に示されています。基本的な構造はEF52形式とほとんど変わらず、 その後のEF56〜58形式などにも引き継がれています。EF52形式からの変更点は、モーターと動輪間の 歯車比を1:3.45から1:2.63に変更して高速性能を高めたこと、全長をやや短縮したこと、機器類の改良によって完成度を高めたことです。 EF53形式は全長19920mm、重量98.88t、出力1350kWの性能を持ち、2年間で19両製造されました。 なお、13〜19号機は制御の界磁率を70%から62%に変更して、さらに高速性能を高めています。

    10号機は、1932年に製造され、1964年に鷹取工場でEF59-12へ改造されました。現在、EF59-11から 復元改造されたEF53-2が、「碓氷鉄道文化むら」に保存されています。
    鉄道模型
    EF53-16 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1104
    EF53の高い性能と高い信頼性を受け、1933年には16・18号機の2両がお召し列車用の機関車に指定され、 1954年まで使用さされました。

    その内の16号機です。日本の国旗は、切り取ってあります。
    EF58-24 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1601
    EF58は、第二次世界大戦後に最初に製造された旅客用電気機関車です。第二次世界大戦中に旅客用電気機関車の新規製造は中止されていた。 しかし、終戦後の旅客輸送需要は買い出し客を中心に激増する一方、戦前形の機関車は戦時中の酷使によって疲弊が著しく、 旅客用電気機関車は所要数の不足を来していた。EF58旧型は、このような事情から急造されたものである。 同時期に製造された貨物用のEF15とは、各部が共通設計の兄弟機です。電気機関車として初めてころ軸受け(ローラーベアリング)を採用するなど、先進設計も取り入れました。 性能的には戦前最後に新造された旅客用電気機関車EF57形と同等の水準を狙ったものですが、その実質は良質な材料と工作で製造されたEF57形とは似て非なるものであった。 随所に代用部材や簡易構造が用いられ、戦時設計の貨物用機関車EF13形に近似した「準戦時型」車両で、粗悪と評しても過言ではなかった。

    24号機は、1937年5月11日に製造、1956年8月20日に車体変更、1981年6月1日に廃車となりました。
    鉄道模型
    EF59-15 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1804
    EF59は、山陽本線の瀬野−八本松間に有る22.6パーミナルが連続する勾配、通称瀬野八用の貨物列車補機関車として、山陽本線の1963年広島電化に合わせて誕生しました。 当時余剰となりつつあったEF53の歯車比を変更(2.63>3.67)し、さらに10000系貨車対応の空気管付き密着自動連結器と自動開放装置の取付、 重連総括制御装置の取付が行われました。EF56形からも5両が改造されました。

    15号機は、EF53−17として1934年10月に製造、1965年10月に鷹取工場でEF59に改造、1984年10月1日に廃車となりました。
    EF59-24 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1804
    Ef59-24は、1969年と1972年にEF56形から改造されたグループであり、 1940年6月に12号機として製造されたEF56-12を1972年3月に鷹取工場でEF59に改造されました。 20〜23号機は丸みを帯びた車体をしているが、24号機のみ角張った車体をしています。
    鉄道模型
    ED41-1 カトーカプラー変更済:マイクロエース A3301
    ED41は、信越本線横川〜軽井沢間(碓氷峠)用亜アプト式電気機関車です。 碓氷峠は、66.7パーミルの国内最急勾配で、ラックレールとのかみ合わせを利用して坂道を上るアプト式で運転される特殊な区間でした。 1926年にスイスのブラウン・ボベリ社(Brown Boveri.)・スイス機関車製造会社(S.L.M.)の合作で製造された10040形の2両を、アプト式電気機関車の出力増強を目論み輸入したものです。 1928年10月の車両形式称号規程改正により、ED41と改名されました。 スイス特有の部品が使われていたため整備や部品補給が困難で、2両の装備に留まりました。後に、本形の使用実績に基づき、ED42形が量産されることになりました。

    1号機は、1951年に廃車、1953年12月に2号機と共に解体されました。
    鉄道模型
    ED53-1 カトーカプラー変更済:マイクロエース A3201
    ED53は、東海道本線東京〜国府津間用にアメリカのウェスティングハウス・エレクトリック社(Westinghouse Electric/電気部分)とボールドウィン社(Baldwin/機械部分)の 合作により1926年に6両が輸入れた旅客用電気機関車です。最初は、6010形と称しましたが、 1928年10月の車両形式称号規程の改正により、ED53形に形式番号が改められました。 東京機関区に配属され、東海道本線の旅客列車を中心に使用されました。その信頼性の高さを受け、1号機及び2号機は、お召し列車牽引用に指定されています。 1937年の仙山線の電化に伴い、1940年に甲府機関区に転属、1941年にはED19形に改造され、身延線で使用された。 その後、代替機ED62形の投入に伴い、1976年までに全機が廃車となった。
    鉄道模型
    DF50-2 カトーカプラー変更済:マイクロエース A1371
    DF50は、956年に登場し,ディーゼルエンジンで発電機を回し、その電気を駆動輪に伝え動力とする電気式ディーゼル機関車で ,国鉄のディーゼル機関車の中では初めて本格的に量産ベースに乗った形式です。 秋田、長野、敦賀、亀山、米子、高松、高知、大分の各地区に配備さえ、主にトンネルが多い区間の旅客列車用として使用が開始されました。 三菱重工業がスイスのズルツァー社(de:Sulzer_AG)のエンジンをライセンス製作した直列8気筒の8LDA25A(1060馬力)の1200PS級ディーゼルエンジンを搭載した0番台が65両、 川崎車輛と日立製作所がドイツのMAN社(de:MAN)のエンジンをライセンス製作したV型12気筒のV6V22/30MA(1200馬力)の1400PS級エンジンを搭載した500番台が68両、 合計133両が製造されました。

    特急列車から貨物列車まで幅広い活躍を見せ、非電化幹線輸送の近代化に大いに貢献しましたが、1980年代前半で姿を消しました。
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    DD51-1 カトーカプラー変更済:マイクロエース A8500 (2007/09/14入庫)
    DD51は、非電化区間の蒸気機関車淘汰のために1962年から製作された幹線用の大形ディーゼル機関車です。
    国鉄は非電化幹線の動力化を推進するために、1962年に大型ディーゼル機関車DD51を試作しました。翌年には3両の量産先行車が登場した後、 幹線用ディーゼル機関車の主力機として1978年までに649両が製造され、四国を除く全国各地で活躍しました。

    1号機は、丸みを帯びた運転室と、丸く飛び出したヘッドライトが量産車と異なっており、エンジンはDML61S(1,000PS)を2基搭載しています。 1986年に廃車、長らく当時の高崎第二機関区に保存されていましたが、現在は登場当初のぶどう色2号に白帯と警戒色に戻され、碓氷峠鉄道文化むらに保存されています。


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    EF10 マイクロエース A9252 【Cタイプです】
    EF10は、EF53の実績に基づいて開発された国産の貨物用大型機関車です。
    当時としては大型の機関車であり、東海道本線の電化区間で貨物列車牽引に用いられたほか、 勾配線の中央本線では旅客列車牽引にも充当された。量産は1941年まで続き、戦前形の国鉄電気機関車としては最多の合計41両が製造された。 1934年に1016が作られたEF10形は、1937年に17019が、1938年に20024が、1939年には25が、1940年には26033が、そして1941年には34041が作られるという大所帯の形式となった。

    23号機は、1939年3月30日に芝浦製作所+汽車会社で製造(製番:2665)され, 1939年4月1日 国府津(新製配置)に配置, 1978年8月25日に豊橋で廃車となっています。
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